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  3. 20180907号 タイトル:「子どもの目線で見てみよう!」

台風21号の強い風は暑い夏を吹き飛ばしてくれたかのようです。私の運動場 である天拝山(筑紫野市)でも、蝉の声がぱったりと聞こえなくなりました。代わ りにコオロギなどの秋の虫の声が聞こえてきます。

天拝山から望む宝満山の姿は日々違って見えます。山稜に掛かる雲、 山麓に漂う雲、その手前には筑紫野の街があり、人々の営みがあり、 それを包み込むように、この大きな空間があります。その大きな懐 に抱かれて、私は生きているんだなあと思うと、嬉しく幸せな気持 ちなります。

今朝も天拝山に登り、この幸福観に充ちた時を過ごしてから一日を始 めることが出来ました。生きていること、元気でいられること、明る くいられること、本当に有難いことですね。残り少なくなった時間を 毎日、このような気持ちで生きていけれたらと思います。


天拝山より宝満山を望む  2018.9.2天拝山山頂にて撮影

子どもの目線で見てみよう!

★このエッセイは私が西日本新聞に1年間ほど毎月執筆してエッセイ「ちょっと心 呼吸」の中の1編です。拙文ですがお読み頂ければ幸いです。

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なかよしエッセイ:子どもの目線で見てみよう

   子どものころ、父に肩車されるのが大好きでした。いつも大人たちの高い壁に遮 られて息苦しい思いをしていたので、大人の目の高さから眺める景色は私にとって 広々として別世界のように見えたものです。

 中学生になると身長も伸びて大人並みになります。思春期は子どもから大人へ脱 皮する時期です。それと並行するように、意識の上でも大人びた態度をとるようにな り、少しでも早く子どもっぽさを消したいと思い始めます。

 大人になり、仕事を始め、やがて結婚し子どもが生まれます。そうなると自分が子 どもだったことを忘れて、子どもに指示や命令を繰り返すようになります。「宿題は済 んだの」「早く寝なさい」「いい加減に起きなさい」などなど、朝から晩まで口やかまし いったらありません。

 子どものころ、どうして親はうるさいのだろう、自主性を重んじてくれないかなあと 思っていました。宿題をしようと思っている時に限って、親から「早く宿題しなさい」と 言われます。そうするとやる気が急に萎えます。ちょっとムカついて「今しようと思っ ていたのにいちいち言わんでよ」とやり返したくもなります。そんな経験は数えれば 切りがありません。そういう子ども時代の嫌な経験を忘れ、自分の親が言っていた ように自分の子に言っていることに気がつきます。これでは子どもから煙たがれる のも当然です。

 私の親はめったに褒めませんでした。褒められた記憶があまりありません。でも、 時々近所のおばさんから私のことを親が褒めていたことを聞かされることがありまし た。そんな時はとてもうれしい気持ちになりました。またある時は冗談で、「あなたは 橋の下で拾ってきた子よ」と言われました。幼心にとても悲しい気持ちになりました。 私は親の一言で楽しくなったり、つまらなくなったりしていました。親はそれくらいの 大きな影響力を持っています。

 子どもの言うことやすることを「大人の目線」からだけでなく、「子どもの目線」から も見ていくことはとても大事だと思います。そういう親の姿勢は子どもにとって受け 止めてもらったという満足感につながるのではないでしょうか。そして子どもは親へ の信頼感を持って育っていけると思います。

 「子どもの目線」を持つのは難しいことではないように思います。なぜなら、誰もが 子ども時代を経験して大人になったのですから。ちょっと昔の自分、子どもの頃の自 分を思い出せばいいのです。思い出せた分だけ、子どもの心が見えるような気がし ます。 

教育文化研究所
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