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  3. 20161005号 タイトル:「“勉強”から“学び”へ」

10月になっても気温30度を超える日が続いていますが、皆さまいかがお過ごしで すか。台風が日本海に抜けましたが、少しは秋らしくなってほしいものです。

とは言うものの、自然界は秋の訪れを知らせてくれていますね。ミゾソバの花が咲き 始めました。この花を見るたびに、子どもの頃おやつにもらっていた金平糖を思い出 します。そんな懐かしい記憶とつながっているこの花が大好きです。

小さな可憐な花ですので、車の窓からは見えません。車から降りて水辺などを歩い ていると、花の方から声がかかると思います。ゆっくりした時間が無いとその 声が聞こえないかも知れませんね。


★ミゾソバの花    ※天拝山の麓にて撮影 2015.9.28撮影

“勉強”から“学問”へ

私の中学や高校時代にどうして“勉強”ってつまらないのだろうと思っていた。しか し、友人たちは旺文社の“赤豆”という英単語帳に代表される入試用の教材を必死 になって丸暗記していた。私にはとても真似が出来なかった。

もともと暗記が苦手だったのかと言うとそうでもない。小学校4年生の時には世界 中の山や川などをその高さや長さやその順番まで覚えていた。参観日などに先生か らその知識についてミニレクチャーを頼まれるくらいだった。

何が違っていたのだろうと思うと、小学校の地理については宿題やテストのためと いうよりは、知らない世界への興味から、誰から言われるのではなく、自ら進んで学 んでいた。地図上のヒマラヤ山脈を表す濃い茶色を見ると、そこが高く盛り上がって いるように思えた。日本海溝の濃いブルーには底知れない深さを感じ、わくわくして 地図を見ていた。

ところが、受験勉強になったとたんに、私の興味や関心が薄れてしまった。目的が 受験という人との競争になったときに、知的好奇心の世界ではなくなってしまったから だ。それでも勉強していたのは、将来のことを親など周囲から言われたからだ。「高校 くらい出ておかないと」「大学くらいは・・・。」「大学は一流大学に・・・。」などなど。それ が私には目的とは思えなかった。

そんな風だったので、興味や意欲の湧かないままで高校を卒業し、大学に入学す る。そこで幸運だったのは、社会をより良いものにしていこうとする目的を持った先輩 や友人に恵まれたことだ。学生の立場で出来ることは知れているが、本当に住みよい 社会とはどういうものなのか、その社会に自分はどう関わっていこうとするのかを考え ることは、とても楽しかった。

どんな仕事をしたい、どんな会社に入りたい、いくら稼ぎたいなど具体的なものでは なく、自分のいる世界と自分との関係を検べ、深めていくことがとても楽しかった。小学 校時代のあの感覚が蘇った。おかげで大学4年間は幅広く世界の色々なことを学ぶこ とができたと思う。

学べば学ぶほど、自分の知らなさ、至らなさを実感し、もっともっと学びたいという意 欲にかられた。その情熱は還暦を過ぎた今も、私の中で燃えていて、生きるエネルギ ーになっている。

私たち親、大人は子どもたちに“勉強(勉めることを強いる)”のではなく、“学ぶ(自ら が学び問う)”姿勢を子どもたちに伝えていくことが必要ではないだろうか。知らないも のを知っていくわくわく感を伝えられればと思う。大人たちが、目を輝かせて、自分の面 白く感じている世界を“学ぶ”姿は、子どもにとって大きな刺激になるだろう。

そんなに面白いものならば、教えて欲しい、もっと知りたい。そうして、子どもたちは自 らで“学び”のスイッチを入れるだろう。このように思うと、改めて私たち大人の生き方が 問われているのではないか。現実に妥協し、学ぶことを忘れ、その楽しみを諦め、今さ え良ければいいという刹那的な生き方になっていないだろうか。学歴主義、競争主義と いう固定観念で子どもたちを縛っていないだろうか。

デンマークの学校基本法に「学校の役割は子どもたちに困難な未来を切り拓くための 楽観的展望を与えること」という条文があるが、この条文は学校だけの役割ではなく、私 たち親や大人たちの役割でもあるのではないだろうか。私たちの生き方でそのことを伝 えていければと思う。
  (初稿:アリヤ23号掲載文)

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